●▲■ きた産業 メルマガ・ニューズ vol.90 ●▲■
発行日:2006年 12月20日(金)
■アルコール飲料産業のためのクロスオーバー情報■
発行:きた産業株式会社 http://www.kitasangyo.com
------------------< 目 次 >------------------
●▲■坂口謹一郎博士の足跡を訪ねて
・・・1950年と2006年
●▲「シャンパーニュ編」
●▲「ボルドー編」
●▲牡蠣レストランのマダムに元気をもらう
(Text=喜多常夫)
ご紹介情報●1▲「シャンパーニュの製造工程を見る:続編」
ご紹介アイテム●2▲「酒&焼酎の量り売り」
ご紹介アイテム●3▲「ワインの量り売り」
●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■
今日の日経新聞のシャンパーニュの広告は、
目に留めた人が多かったのではないか。
見開き一面に、麗しき女性とドンペリニヨンの壜の写真。
文章はウェブサイトと「お酒は20歳になってから」のみ。
社名も商品名もない。
いかにもシャンパーニュらしい広告だった。
●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■
●▲坂口謹一郎博士の足跡を訪ねて「シャンパーニュ編」
前号に続き、シャンパーニュの話題である。
岩波新書に坂口謹一郎博士の「世界の酒」という本がある。
初版は1957年だが版を重ね、古本でなく新本で買える。
半世紀以上も継続販売される書籍はそう多くはないだろう。
今読んでも面白い。
偶々私の手元にあるのは2002年発行の第29刷である。
その「世界の酒」の巻頭をかざる、
シャンパーニュの地下トンネル貯蔵庫の白黒写真が、
なぜかひときわ印象深く記憶に残っていた。
今月はじめに、
坂口がシャンパーニュで訪問したポメリー社、
巻頭写真そのもののトンネル貯蔵庫を訪問したので、
そのことについて書く。
シャンパーニュ地方はパリから東に100kmほどのところにあり、
Reimsと書いて「ランス」という街が中心地である。
(Islayと書いてアイラと発音する、英国のウィスキーの島を連想する。)
ランスは、大聖堂で有名なほか、
最近は画家の藤田嗣治のチャペルがあることで知られる。
今も昔もシャンパーニュの代表ブランドであるポメリー社を、
坂口は1950年11月末に訪問している。
「世界の酒」の「ランスの一日」から読んでみよう。
「ランスには十五くらいのシャムパン会社がある。一番大きいのはポメリー・
エ・グレノ社で、有名なランス大寺付近の会社の名前の付いた大通りの
岡の上にある。まず支配人の室に通されて、さっそく御自慢のシャムパンを
開けて貰う。シャムパン酒当り年の一九二九年のブリュットである。」
「古いためにコルクが堅くなっていて、抜くときもあまり景気のいい音はしな
かったが、背の高いシャムパン・グラスにそそいで出されたときの香りの
よいこと、また、口にしたときのすっきりとしたしかもコクのあること、はる
ばると海を越えてきたのもまことにこの一杯のためなればこそである。
このようにドライでしかもコクのあるのはいかなるわけか、と質問すると、
支配人はわが意を得たりとばかりに、(中略)ブリュットは弊社で古来特技
とするエキストラ・ドライであって、このものだけは他社のまねを許さない
特徴がある、とのことである。」
●▲■ ●▲■
一方、当方の場合はというと、支配人室へ通され、、、
というわけには、当然ながらいかず、このようであった。
「予約してある11:30の少し前にヴランケン・ポメリー社(いまやポメリー・
エ・グレノ社ではなく、ベルギー在住のヴランケン氏がスポンサー)
に乗り付ける。まずは古城のような壮麗な建物に驚かされる。
正面右にツアー入口があって、1人15ユーロ也のチケットを購入。
(カリフォルニアのオーパスワン見学のチケット代金を思い出す。)
見学ツアーは30分おき。有名なエミールガレの大樽などを見ながら
出発時刻を待つ。アメリカ人、イギリス人が多いとおぼしきツアー客と
ともに、20人くらいのグループで地下トンネルに下りる。ガイド氏の解説
はフランス語ならぬ英語。トンネル内のカーブのみを一回りする見学
コースである。」
当方、まがりなりにも業界関係者なので、
観光客向け見学は本意ではないが、
ちょうどその日が土曜日で、しかもシーズンオフの冬故に、
普通の会社は訪問を受け付けない。
ポメリーのツアーなら土曜でも可能らしい、
ということでフランスに行ってから決めた訪問であった。
ただそれが、
偶然にも坂口が訪問した場所であったのは誠に幸運であった。
当方、ランスは初めてである。
トンネルに入って「世界の酒」に出てくるのと同じ風景を見て、
また天使のレリーフを見て、「ああここまでやってきた」と思った。
業界の泰斗たる坂口が、56年前の冬、
ちょうどこのくらいの時期、この場所に立っていたのだ、
と思うと感慨無量である。
ポメリー訪問の偶然は、
私が坂口の信奉者であった故の天の采配かとも思った。
詳細は下記写真(アーカイブ資料)をごらんいただきたい。
●▲■ ご紹介情報その1:アーカイブ資料 ●▲■
「シャンパーニュの製造工程を見る:続編」
http://www.kitasangyo.com/Archive/Data/champagne_zokuhen.pdf
50年前と今の写真を並べてみた。
冒頭に記した新聞広告のドンペリニヨンの
モエシャンドン社の写真も少し入っている。
なお、前号メルマガで紹介したアーカイブ資料も再録しておく。
見比べてもらうと面白いと思う。
「シャンパーニュの製造工程を見る:小&大規模工場編」
http://www.kitasangyo.com/Archive/Data/champagne_2006.pdf
●▲■ ●▲■
さて、坂口に出されたような貴重な年代物というわけにはいかないが、
ツアーの後は一般客よりちょっといいシャンパーニュを飲ませてもらった。
なかなかの上物で、これはいい、とは思ったが、
シャンパーニュの良し悪しを旨く言葉で言い表せない。
なんとも表現力不足に忸怩たる思いだった。
一方坂口は、56年前に初めてきたシャンパーニュで、
初めて試飲した第一声で、
「ドライでしかもコクのあるのはいかなるわけか」と質問をしたようだが、
いかにも的を得ていることに驚かされる。
今のように情報豊富であればむしろあたりまえの質問だが、
当時はシャンパーニュの情報など少なかったに違いない。
56年前の、東洋からの異邦人の発言としては、
まことに直観のさえというべきであろう。
トンネルをめぐってみて、坂口の時代と同じく、動壜をするピュピトル
(壜内二次醗酵の壜を斜めに引っ掛けておくための板)がおいてはあるが、
その数はまったく少ないのに気づく。
実はピュピトルはツアー客向けにおいてあるだけで、
業界通の知己によれば実際の動壜はジャイロパレットで行っているそうだ。
手作りを積極的に宣伝している大手シャンパーニュメーカーも、
実生産のほとんどはジャイロパレットである由。
シャンパーニュの半世紀は、
変わらないところと変わったところが混ざり合ったものである。
●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■
●▲坂口謹一郎博士の足跡を訪ねて:「ボルドー編」
「文章が長すぎる、メルマガらしくもっと簡潔に書け」と、
お会いする人によくおこられる。まことに申し訳ない。
今回も長くなって恐縮だが、
「世界の酒」のなかの「彼女と彼(ボルドー)」についても触れてみたい。
そのなかの「ホテル・ツルネー」の項が面白い。
「汽車で夜中の一二時頃、風雨を冒してボルドーに着き、電報しておいた
宿をやっと探し当てた。ところが、その宿たるや甚だ貧弱きわまるもので、
みすぼらしいビルの一隅のドアをおして入ると、室の隅からいきなり犬が
ほえかかってくる。それを髪をふり乱したアッパッパの中年の女があわて
て止めながら出てくる。これがマダムであって、その娘と二人きりでやって
いるらしい。」
「十二月末のボルドーの寒い雨風が窓の隙間から容赦なく降り込んでくる。
暖房はもちろんない。バスは?ときけば、ない、という。便所を、と案内
されたのが、一種の共同便所で、そのきたないこと。堅いベッドにもぐり
込んでしみじみと旅の憂さを感じさせられたことである。ボルドーの地図
を見ると、パリのシャンゼリゼーに相当する大通りをツルネーという。
ところでこの「大」ホテルの名前がホテル・ツルネーであることが、そもそも
の失敗のはじまりとなったわけである。」
宿を訪ねてきたフランス人が驚いて代わりのホテルを手配して、
翌日から坂口は豪華なホテルに移ったらしいが、
次のように書いて、きちんと持ち上げている。
「昨夜をかえりみて、シンデレラ物語の感にひたらざるをえなかった。
もっとも、この(豪華)ホテルに泊まっていても、食事時にはぬけ出して、
前の木賃ホテルのおかみさんに教わった縄のれん式の小料理屋に
通ったので、比較的安上がりになった。これは、うすよごれたおかみ
さんではあったが、親切なサービスぶりととともに、ホテル・ツルネー
の一徳であった。」
●▲■ ●▲■
シャンパーニュの前は、ボルドーに滞在していた。
ボルドーは何度か来ていてツルネー通りも良く知っているし、
なんだかありそうな話だから、
坂口の体験が目に浮かぶようである。
因みに、今回の私のボルドー到着はこんな具合だった。
「飛行機を乗り継いでボルドー空港に着いたのが夜8時過ぎ。
タクシーに乗って、eメールで予約してあったアパートホテルに
着いた。このアパートホテルはフロント機能が夜8時まで。
それ以降にチェックインする人は、玄関横のボタンでアクセス番号
を打ち込み、勝手に扉をあけて入る。事前に教えてもらっていた
アクセス番号を入力するが、、、開かない。何度やっても開かない。
日曜の夜九時。人通りもない。異国の地で途方にくれた。
はてどうしたものか。と、よく見ると「非常時の連絡先はこの電話」
と小さな貼り紙があった。アパートホテルチェーン本部のイギリス
経由でボルドーの担当者に電話連絡がついた。正しいアクセス
番号を聞いてようやく中に入れた。事前に聞いた番号は4桁
だったのだが、本当は5桁!最後の一文字を書き忘れたらしい!!
なんともはや、である。」
実はほかにも悶着はあったのだが、
まあ坂口のように「雨風が窓の隙間から吹き込んでくる」
こともなく、
暖房の効いた部屋でボルドー到着初日の夜を過ごせた。
電報がeメールに変わり、部屋はそれなりに快適になったが、
変わらぬフランス人気質を感じたボルドー第一夜であった。
しかし携帯電話を持っていて本当に助かった。
いまどき、公衆電話などめったにない。
●▲■ ●▲■
「世界の酒」によれば、
坂口謹一郎は、乞われてボルドー大学で講演をしたり、
また当時の所長のリベロー・ガイヨン教授自身の運転で
シャトー・ラフィッツとシャトー・マルゴーを訪問したりしている。
シャトー・ラフィッツの部分を紹介しよう。
「シャトー・ラフィッツでは、持ち主のロスシールド氏は不在で、留守居の
甥に当たる支配人に案内された、云々。この庫は平年五百石近く、
多い年で六、七百石をつくる。そのうち二、三十石は二級酒だから、
シャトーの名はつけずに出すという。買い酒などは絶対にしない。」
「うす緑色の泡の多いガラスでできた、手吹きのためにいろいろと
デフォルムしたブルゴーニュ型の壜でそれより多少小型の壜が
ずらりと並んでいる。よく見るとチョークで一八〇六、一八一一、
一八三二、一八四八、一八八一、一九〇八、と書いてある。
これは壜を見せるだけかなあ、と思ったというのは、これを飲ませて
もらえるなどとはあまりにすばらし過ぎる話でもあり、(中略)
しかるに、ガイヨン教授と甥先生がしばらく話した後に、その壜の栓を
いちいちぬき出した時の私の愕きと感激は御想像におまかせしたい。
(中略、利き酒をした後)飲み残しはいちいち壜にもどして、格子のある
箱に入れてガイヨン教授が研究用に自動車に積んで帰られた。
せともの好きの私は、中身より壜のほうが欲しかったのであるが、
このような次第になったことはかえすがえすも残念千万であった。」
1811年のシャトー・ラフィッツは、
たった2本しかなかったうちの1本だったようで、
ガイヨン教授の威光もさることながら、
坂口博士がいかに重要な賓客だったかがしのばれる。
坂口が、「中身より壜がほしかった」という部分、
私もそのような趣味があるので良くわかる。
それにしても、昔は、
ボルドーでブルゴーニュ型の小型壜を使っていたのだろうか。
「自動車から眺めたメドックの地形は、低い岡の起伏した松林、
その間を綴る葡萄畑や、その他の畑地など、埼玉県あたりの
景色に似ている」と書いてあったり、ほかにも
「アンジュー、オルレアン、ツレーヌなど、広島、秋田級の銘醸」
である、といった記述も出てくる。
今読むと、かえって新鮮な紀行文に思える。
●▲■ ●▲■ ●▲■
●▲牡蠣レストランのマダムに元気をもらう
最後に、ボルドーでお勧めの店をひとつ書いておこう。
ツルネー通りから一本川のほうに入った通りに、
Chez Brunetという小さな牡蠣専門レストランがある。
過去、ボルドーに行くたび、何度か行った店であるが、
今回も一夜の夕食を食べに行った。
ノロウィルスの心配もなかろうと、
4種類の牡蠣を大食して、まことにおいしかった。
ただ、おいしい牡蠣もさることながら、
この店のお勧めは、マダムである。
齢60くらいであろうが、まことに上品で美人のマダム。
きりっと姿勢正しく、笑みを絶やさないやさしい表情は、
10年前きたときと、5年前にきたときと、2年前にきたときと、
少しも変わりないように見える。
優雅な語り方も、
フランス語は話せない私が聞いても、まことにエレガント。
マダムはフランス語しかしゃべらないし、
コミュニケーションもままならないのだが、
不思議と、心癒される。
このレストランのマダムの顔を見るのが、
実はボルドー行きの個人的楽しみである。
「親切なサービスが、ホテル・ツルネーの一徳」と
坂口が書いているが、ひょとしたらこのマダム、
ホテル・ツルネーの娘さんだったりするのではないか、
次回訪問までにフランス語を勉強して、
マダムにそんなことを話してみようか、と思ったりしている。
●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■
さて当社商品のご紹介です。
●▲■ ご紹介アイテムその2:K2ディビジョン ●▲■
「酒&焼酎の量り売り」
http://www.kitasangyo.com/Products/Data/package/hakariuri_J_03_1.pdf
●▲■ ご紹介アイテムその3:K2ディビジョン ●▲■
「ワインの量り売り」
http://www.kitasangyo.com/Products/Data/package/hakariuri_wine_02.pdf
量り売りの機材やディスプレーについてはお任せください。
豊富な実績があります。下記資料もご参考に。
「ガラスバルーン」
http://www.kitasangyo.com/Products/Data/package/balloon.html
「焼酎のことなら」
http://www.kitasangyo.com/Products/Data/package/shochu.htm
(Text=喜多常夫)
●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■
(ご参考情報)
当社のブログの、11月25日の部分で、
シャンパーニュ設備のプライベート展示のことを報告しています。
http://blog.goo.ne.jp/kita-slow_blog
シャンパーニュ設備のことならなんでもご照会ください。
__________________________
●▲■バックナンバー閲覧可能!「メルマガ・クロニクル」
http://www.kitasangyo.com/Archive/mlmg/BN_top.html
2002年5月の創刊以来のバックナンバーを収録しています。
__________________________
●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■ ●▲■
紹介商品に関するお問い合わせは、営業部まで。
西日本担当:大阪営業部
tel.06-6731-0251 mailto:osaka@kitasangyo.com
東日本担当:東京営業部
tel.03-3851-5191 mailto:tokyo@kitasangyo.com
__________________________
●本メールがうまく表示されない場合 ●登録内容の変更や、
配信停止希望の場合 ●メルマガに関するご意見・ご要望など、
は、メールアドレス:mailto:info@kitasangyo.com まで
。
__________________________
このメルマガは、「ご登録いただいたお客様」、
及び「当社営業担当で登録させていただいたお客様」に、
お届けするサービスです。
ご要望があってもお届けできない場合がございます。
発信専用アドレスから送付しております。このアドレスに返信
いただきましても回答できませんので、予めご了承ください。
__________________________
記載された記事を許可なく転送・複製・転載することを禁じます。
Copyright 2002-2006. Kita Sangyo Co., Ltd. All rights reserved.
きた産業株式会社 ニューズレター担当:企画・開発グループ
__________________________